天上天下唯我独尊男、うつになる

世界一偉いと思い込んでた男『ドクソ』が、病院でうつ病と診断されてからの話 「僕が死なないように皆さん見張ってて下さい」合言葉は「人間万事塞翁が馬」

【賢者は多くを語らない②】

 

前回の記事で同じタイトルが付いているのは、僕の意識が書きたいことを無視して、自身の右手が勝手に話を完結させてしまったからだ。

 

皆さん、おはようございます『ドクソ』です。

 

話の方向性が変わらない内に自分の書きたいことに焦点を当てて書いていく。

 

以前僕が勤めていた会社で、お客様に商品をお薦めするときに当時の先輩が言っていた。

 

「ドクソは説明がホントに下手だなぁ」

 

そう言うと先輩は机から一枚のコピー用紙を僕に手渡した。

 

「このコピー用紙いっぱいに、ドクソの言葉を使って商品の説明をオレにしてみてよ」

 

僕はその夜帰宅してから、もらったコピー用紙いっぱいに説明を書いて、翌日先輩に提出した。

 

するとそれを見た先輩は一瞬で「こういう事じゃないんだよなぁ」と言った。

 

徹夜して書いたのに、それをロクに見もしない先輩に僕は腹をたてた。

 

「じゃあ先輩ならなんて説明するんですか‼」

 

僕がそう言うと、以外な言葉が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレはー……あんまり、説明しないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだそれ……

 

そんな経験を思い出した。

 

そして今なら先輩が僕に何を言いたかったかわかる気がする。

 

「あんまり説明しない」と言っていた先輩だが、大きく会社に貢献している所謂「成績の良い会社員」だった。

 

それは多分「聞くことが上手かった」からだと思う。

 

お客様が店に来て、欲しい物の要望を聞くだけ、聞き終わったら商品の所まで案内してたった四文字喋るだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コレです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分これが僕に伝えたかった事だと思う。

 

僕が当時、どんなことを用紙に書いたのかは覚えていないが、おそらくそれっぽいキャッチコピーや専門用語を並べた、誰の気持ちにも寄り添ってないものだっただろう。

 

人の気持ちに寄り添うって、聞くってことだ。

 

天上天下唯我独尊男】の僕はきっと、お客様の前でも偉そうにふんぞり返っていたに違いない。

 

僕も専門知識を持ってない、家電量販店に行くことがある。

 

その時に対応してくれる店員さんが、なんか知らんが腹立たしい感じで対応したりすると、何だか悲しい気分になる。

 

ただその人に聞く準備が出来てないだけなのにね。

 

こう考えると僕のような人間って結構沢山いるんじゃないかと思った。

 

聞くことを放棄してるって、自分の声を届けるのを放棄してるって事だ。

 

僕は今自分を【天上天下唯我独尊男】だと定義しているが、誰かが僕を定義する事もあるんだなって思う。

 

その誰にとって、僕が偉そうに見えなければ、それはその人の真実ってことか……

 

今度から人の話をもっとよく聞くことに決めた。

 

そうする事で、自分の世界観が広がっていくんだね。

 

【賢者は多くを語らない】

 

皆さん、こんばんは「人生折り返し地点で、まだ遊び人」の『ドクソ』です。

 

自己紹介の遊び人とは、僕がただ遊び呆けている阿呆という皮肉を含んでいる。

 

でも本当に言いたいのは、僕が初めてプレイしたロールプレイングゲームドラゴンクエスト」に出てくる職業の事を指す。

 

勇者を主人公として、他の職業の仲間を自分で選んで魔王を倒しにいくという非常に自由度が高いゲームである。

 

その仲間に出来る職業の中に攻撃力も、MP(マジックポイント)も低くて、更には戦闘中に意味不明な行動をして味方の邪魔までしてくる人物がいる。

 

それが遊び人だ。

 

「そんな奴、何で連れて歩いてるの?」

 

そう思うだろうが、このゲームでは遊び人に対して特別な措置が施されている。

 

それは特別なアイテム「さとりの書」を使う以外では、本来他の職業を極めてもなれない「賢者」にクラスチェンジ出来ることだ。

 

このゲームでは職業が20レベルを越えた時点で他の職業に転職する事が可能だ(勇者を除いて)

 

今まで何の役にも立たなかった遊び人が賢者になったとき、魔法使いと僧侶の呪文を全て使いこなす、戦いのスペシャリストに変わる。

 

これはゲームの中だけの話ではないと僕は思う。

 

実際に変人と呼ばれていた人がこの世界で数々の功績を残しているからだ。

 

遊んでばっかりで良いとは言ってない。

 

ただ何か自分の好きなことを突き詰めていくと、いずれはその道の識者になっている事例がいくつも存在している。

 

別にやることは他人を傷つけなければ何をやっても良いと思う。

 

その道程で、馬鹿にされようが変人扱いされようが「知らん、だってオレこれが好きなんだもん」と思える人は、目的なんか定めなくても、いつか勝手に周囲の人が博士とか先生とか呼んでいる。

 

そういう人が世に言う「天才」というやつなのかなと僕は思う。

 

最初から技術を持ってる人なんていない。

 

僕もなんだか文章を書くのが好きみたいだから、このブログは出来る限り続けたいと思っている。

 

その後結果が出て「天才」と呼ばれるか、それとも「変人」のまま生涯を終えるかどうかはそれこそ。

 

神のみぞ知る世界だ。

 

【Depressed Patient】

 

 

アドラーが言ったでしょうか?

 

悲しくて涙を流すのでは無いって、

 

行動してって    停滞してって

 

所詮    一人芝居とスポットライト

 

 

マズローが言ったでしょうか?

 

安全を求めて退却しろって、

 

成長してって    手離してって

 

いったい    誰が観客でしょうか

 

 

マスクを付けて歩いてたって

 

溜め息ばっか    吐き出してばっか

 

朝と夜の区別もなくて

 

同じ言葉が並ぶこの部屋に

 

いったい誰が来たがるでしょうか

 

 

上手い演技と魅せる技術

 

美しいのはどっちでしょうか

 

踊り踊る踊り子の

 

微笑の意味はあるのでしょうか

 

高名な画家の描いたあの絵と

 

向けられた視線は同じでしょうか

 

 

カールが言ったでしょうか?

 

いずれ運命と出会うって、

 

失敗してって    入手してって

 

所詮    大衆演劇とスポットライト

 

 

マスクを付けて歩いてたって

 

周りの目ばっか    気にしてばっか

 

朝と夜の区別もなくて

 

同じ言葉が並ぶシャッター街

 

いったい誰が来たがるでしょうか

 

 

上手い演技と魅せる技術

 

美しいのはどっちでしょうか

 

踊り踊る踊り子の

 

微笑の意味はあるのでしょうか

 

高名な学者が言ったあの言葉と

 

向けられた視線は同じでしょうか

 

 

誰も見てない一人芝居

 

果たして意味はあるのでしょうか

 

その先にある歓声に

 

あなたの声は聞こえるでしょうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご静聴ありがとうございました。

 

『ドクソ』より。

 

【Depressed Patient 前書き】

 

皆さん、こんばんは『ドクソ』です。

 

僕が今月の4日から記事を書き始めてから17日が経過しました。

 

そして60個の記事を書き上げたこと、そして毎日僕の記事を見てくれている読者がいることに感謝です。

 

「いつも本当にありがとうございます」

 

「そして、これからもよろしくお願いします」

 

30記事ごとに歌を載せていこうと思い、2曲目を書きました。

 

前の歌と同じく僕が書いてきた記事からも言葉を選びました。

 

僕の声がいつか届くと良いなと思っています。

 

いつもありがとうございます。

 

【ジャコウネココーヒー】

 

目の前の人が編み物をしている、その毛糸を入れた箱にこう書いてあった。

 

「ジャコウネココーヒー」

 

何度も目にしたことのある商品だ。

 

世界で最も稀少で最も高価なコーヒーだ。

 

別名は「コピ・ルアク」とも呼ばれ、僕の好きな映画にも登場したことがある。

 

以前ユーチューバーの記事を書いたとき、僕は「東海オンエア」が好きだと言った事があるが、彼らの動画にもこの「ジャコウネココーヒー」の企画が存在する。

 

基本的に彼らの事は大好きだが、その企画は所謂下品なもので、進んで人にはお薦め出来ない。

 

インドネシアに生息しているジャコウネコが食べたコーヒーの果実から、未消化で排出された豆を洗浄して乾燥させた物だ。

 

簡単に言うと猫のウンチから出た豆だ。

 

僕はまだ飲んだことは無いのだが、とても洗礼された上品な香りがするらしい。

 

このように何かの過程を経て、化学反応を起こす発酵食品は世界に多く存在している。

 

僕がこの記事を通して言いたいのは、この化学反応が「人間にも適応する」と思ったからだ。

 

生活の中で何か新しい出会いがあったとき、そこには必ず「結果」が生まれる。

その結果の良し悪しはともかく、必ずそれに対して反応が起こる。

 

「化学反応」=「CHEMISTRY

 

皆も一度は聴いたことがあると思うが、日本の二人組ボーカルユニットで「CHEMISTRY」というミュージシャンがいる。

 

ASAYAN」という、昔のオーディション番組で選ばれた「堂珍嘉邦」と「川畑要」の二人組が「音楽的化学反応」を世界に巻き起こす、そういう期待を込めてその名前がつけられたらしい。

 

話を人間関係に戻す。

 

どこかの本のキャッチコピーで見たような気がしているのだが「人は見た目が9割」というのを目にしたことがある。

 

もっと過激な物だと「人は見た目が100%」と言い切っているものもある。

 

その上心理学では「人は第一印象で全て決まる」という記事も存在している。

 

つまり人間関係は「見た目が全てで、初めて会った瞬間に印象が決定」するらしいのだ。

 

長い時間を共有して、共同体としての生活を続けていくうちに、お互いの最初のイメージが変化していくのは確実だが、最初に見た印象が人間を定義する上で最も重要らしい。

 

今、世間では結婚してから3人に1人は離婚するという統計が出ているらしい。

 

そしてその理由で一番多いのが「性格の不一致」だ。

 

「結婚相手の性格なんか知ってて当然だろ」と口にする人が多いように思うが、僕はこの事実がいかに最初に定義した相手の印象(自分のイメージ)に振り回されているか分かった。

 

相手が自分のイメージから逸脱した行動をすると驚く、それが自分にとって都合の悪いものだと「そんな人だと思わなかった」と言って相手を責めることになる。

 

最初から直感で「自分に合う最高の相手」だと無意識に決めてしまうということかもしれない。

 

だから合わない部分が多いと知って失望した先に「性格の不一致」で離婚する人達が多いのかなと思った。

 

初見で良い香りがする「ジャコウネココーヒー」が、猫から排泄されているという製造行程を知ってガッカリするのと同じだなと思った。

 

良い香りならそれで良いじゃんね。

 

 

【チームと共同体】

 

ある日、知人(以下・Aさん)がこんな話をしていた。

 

そのAさんは歌のサークルに入っていて、そのグループには他人に対しても自分に対してもとても厳しい人(以下・Bさん)がいるらしい。

 

Bさんは毎回サークルに顔を出す度に、やる気が足りないと思う人にこう言っていたそうだ。

 

「何でもっと上手になるように練習しないのか‼」

 

メンバーは次第にBさんに悪口を言うようになった。

 

※ここで注意して欲しいのは、僕が言いたいのはBさんに対しての中傷でも、メンバーに対しての文句でも無いということだ。

怒りは人間らしい感情でそれ自体に罪はない。

 

そして、Bさんはその内サークルを辞めてしまった。

 

ただ、Aさんは努力の出来るBさんの事が大好きだったようだ。

 

だから寂しかったらしい。

 

この話を表面上で捉えると、Bさんがサークルを辞めたのは居心地が悪くなっただけに聞こえるかもしれない。

 

でも僕はこう考える。

 

Bさんの実力がそのチームのレベルを越えたので、自己実現の為に新しい場所に行くことにした。

 

僕がここで言うチームとは「家族」「会社」「サークル活動」等で、自分が社会的に参加している全ての共同体の事だ。

 

自分にはもちろん人生の目的がある、そしてそれは共同体であるチームにもあると思っている。

 

チームにはチームとしての人生の目的がある。

 

だからBさんは他人に対して怒りを向けるのではなく、ただ聞けば良かったんだ。

 

「貴方の目的はどこにあるの?」

 

そしたら答えを聞ける、聞かれたその人が「楽しく歌をうたいたい」と答えたら、自分の「もっと上手になりたい」という目的とのズレを認識することが出来る。

 

ズレが確認できたら後は簡単だ「一緒に楽しく歌をうたう方法」を考えるか、それとも「もっと上手になりたい」という自分の目的を達成したいなら、自分の才能を開花させられる場所に移ればいい。

 

Bさんは自分の目的の為に窮屈になった場所から離れて、もっと自分らしい表現が出来る場所を選んだだけだと思う。

 

どちらを選んだら、より自分が幸せになれるか考えれば明確な答えが出る。

 

そしてBさんの事が大好きだったAさんのことも、Bさんは認めていたに違いない。

 

僕の知る限り、自分の周囲にいる人の中でAさんは一番歌が上手だ。

 

だからもしBさんがサークルに残っても、お互いを高めあえる関係になれたような気がしている。

 

今チームに所属している人は、自分の目的をチームに合わせるか、それともチームの目的を自分に合わせるか選べばいい。

 

自分が夢に向かって幸せになれる場所を自分で選べばいい。

 

誰も傷つけない方法さえ身に付けていれば。

 

それが誰にでも出来るように思う。

 

 

 

 

【聞く事と安心感】

 

大切な人に届く言葉を考え始めて十五日が経過した。

 

一度失った信頼は簡単には築き直せない、単純な一言で良しとしようなんて安易な考えは持っていない。

 

僕は人に依存することで今まで生きてきた。

 

だから周りの人がいくら優しくても、それは当然のように振る舞ってきたその報いが今になって実現している。

 

うつ病だったからしょうがないと言う人もいる。

しかし僕はうつ病になる前からずっとそんな態度をとってきた事に気がついてしまった。

 

だから信頼が無いのは病気のせいじゃなく、僕の人間性の問題だった。

 

今になって自分の人生がどれだけ恵まれているか思い知る。

 

人生はロードムービーだ、巻き戻しは出来ず、気付くのが遅いとか、自分が馬鹿だったとか愚か者だとか考えても無駄だ。

 

そんな事を人に押し付けてはまた傷つけるだけだ。

 

僕の話を聞いて貰えない状況を作ったのは僕自身で、それはこれからの行動と言葉で示していくしかない。

 

今回失敗したら次は無い、そう思って慎重に、しかしスピーディーに行動する技術を身に付けよう。

 

 ただいきなりオーバーな言葉をかけたり、行動を開始しても、相手は訝しげに僕を見るだろう。

当然だ、僕だって何か裏があるんじゃないかと怪しむと思う。

 

元々は僕の逃げ癖とビッグマウスが招いた事態だ、それが人の心を危険な状況に追い込むなんて思いもしなかった。

そんな奴、調子の良いことを言っていると思うに決まってる。

 

本当に大切だと伝えるためにはどうしたらいいのかを、ここ二週間ずっと考えている。

 

自分の愛を伝えるってどうやるんだろうか?

 

昔、自分が言ってた「大切」も嘘ではない。

むしろ何故そんなに自然に言えていたのか今は分からない。

 

もう僕は自分を恥ずかしいとか格好悪いとか思うのは禁止しよう。

それで表面上だけではなく、格好良いと思われるような人間になれるように考え続けよう。

少なくとも僕は現状、格好悪いと思う人からの言葉は聞こえにくい。

 

物事の姿と、その側面をよく観察する力を蓄えよう。

 

聞く人間になろう、それが全てのような気がする。

自分の事を知ってもらうって、人の話を聞くことだ、相手に安心して貰うって事だ。

 

聞くのは技術で補えない、気持ちは技術で補えない。

言葉にするのは簡単で頭で考えなくても出来てしまう事なんだ。

伝わるって多分、相手の気持ちに寄り添うことだ。

 

話すんじゃない。

聞いて頂く。

 

僕が相手に信頼されてないと思うことは、絶対に相手に伝わる。

 

まずは信じられてると信じよう。

 

話はそれからかもしれない。