【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【自責の念と先に進む勇気と】

皆さんいつもありがとう『ドクソ』です。

 

新しい仕事の採用が決まったのに、あまり気分は晴れやかではない。

躁鬱病以来始めて自分にプレッシャーがかかることを危惧している。

 

自分で選んだこととはいえ、今までの職場への申し訳なさとか、自分の情けなさみたいな感情がふつふつと沸き上がって来る。

 

僕はこれまで与えられたチャンスを無下にしてきてしまった。

それを反省して新しい職場に向かうのは当たり前で、今までの失敗をなんとかここで挽回したいし、してしまった後悔を背負って生きていくことができるのだろうか。

 

過去の職場に連絡しなければいけない気まずさと、新しい生活への不安。

 

なんで僕はいつもこうなんだろうなぁ。

 

なんて歎いていても仕方の無いことなんだけど。

 

自分の駄目さ加減に嫌気が指す。

そんなこと言ってたってなにも始まらないんだけどさ・・・

 

これからは迷惑をかけてしまった家族と、採用してくれた会社に感謝を忘れないようにしなきゃね。

今までは口ばっかりで、そんな当たり前のことすらできていなかったんだからさ。

ちゃんと行動で示さなきゃいけない。

 

今度はちゃんとできるのか?

そんな言葉がぐるぐると僕の脳裏を巡ってる。

 

「お前、調子の良いこと言ってたって今までの事があるんだからな」

 

そう言われている気分になる。

 

わかってる。

 

わかってるつもりだ。

 

言い訳をし続けた人生は必ずどこかで破綻する。

そんなことを繰り返し経験してきたのに、学ばなかった僕が悪かった。

だから今になってこんなに後悔の念に押し潰されそうになっているんだろう。

 

もう「次」はないぞ。

 

だから何とか、なんとか堪えてくれ。

もう自分の人生に置いてけぼりを喰らうのはたくさんなんだ。

 

ちゃんと受けた恩を返してくれ。

ちゃんと自分に厳しくあってくれ。

ちゃんとした人間であってくれ。

 

頼むから、普通で良いから。

 

そんなことをいくら願ったって、僕は僕でしか有り得ないんだけど。

そうでも願っていないと、今感じている不安に押し潰されそうになるから。

 

これ以上、大事な人達に迷惑をかけたくない。

 

ただ闇雲に頑張るんじゃなくて、ちゃんと自分のことは自分で責任を果たせるような人間になりたい。

 

周囲が僕のことを心配しなくて良いような、そんな人間に。

 

少しずつでも良いから、自分のことを好きになりたいと思う。

 

 

【採用の電話】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

さっき面接先から採用の電話があった。

 

今まで大きくお世話になった職場を離れて新しい職場に行くことになる。

 

給料面は下がってしまい、今後の生活がどう変わっていくかの不安はあるのだが、とりあえずやってみるしかないよね。

僕が選んだことなんだから。

 

躁鬱病になってから止まっていた時間が動き出す。

 

次の職場はなんとしてでも長く続けられるといいなぁ。

それ以上に毎日を楽しく過ごせるかが大事なんだけど。

 

新しい職場に入ることが僕の目標なんじゃない。僕の目標は「家族が毎日を楽しく過ごすこと」だ。

 

だからそのためなら毎日笑って過ごすことにするよ。

 

不安ばかり口にしていたって何も始まらないから。

 

【言ったことは責任持ってやらないと】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

前回の記事で決意表明をしたんだけど、どうにも体が言うことを聞かないのでまたブログに逃げ込んでみる。

 

昔から意志薄弱で漫画以外に何か一つのことに打ち込んだ覚えが無い、そんな自分の情けなさにピリオドを打ちたいと望んでいるんだけど、ここ三日は結局何も手に付かなかった。

 

先日はデイサービスに面接に行ってきた。

 

給料面は現在休職中の職場より下がってしまうから、自分の生活を見直すことが必要になってくる(家族を巻き込んでしまうのは申し訳ないと思っている)

 

まあ、躁鬱病のことを正直に話してしまっているので、今回もお祈りが届く可能性は多いにあるのだが、そんなことに一喜一憂していたら結局これまでの生活となんら変わりは無いので、空元気でも笑顔を振り撒いていきたいと思っている。

 

面接先からはいつ合否が出るのかわからない状態でヤキモキしているのだが、それが生活の中で何もしない自堕落な日々を送っていい言い訳にはならないため、今を大事にすると共に新しい小説でも書いてみるかな。

 

絶対何もしないより良いと思うし。

 

毎日やることがあるって、幸せなことだったんだなぁとしみじみ思う。得にそれが主体性をもったものなら尚更だ。

 

僕は人生の中で自分が「これをやる」って決めたことっていくつくらいあったかな?何だか自分が決める前に他人に「こうしたらいいよ」って言われてやることが多かった気がする。

 

だからいい歳になってからも「僕の人生は僕をおいてきぼりにしていく感覚」が拭えなくて苦しんだ。

 

まぁ自分の人生に主体性を持つことを放棄していたのだから自業自得なんだけど。

 

これからの人生がどう転ぶのか、まだ先がうまく見えないんだけど。

 

それでもそんな恐怖だけに身を委ねててもなんにも良い方向に向かうことは無いんだと思う。

 

日々の日常の中で少しでも前向きに、楽しい人間であることを意識して生活していきたいと思う。

 

今年の目標と言ったら遅いんだけどできる限り「有言実行」していけると良いな。

 

とりあえず前回の記事で「6月までに一本小説を書き上げる」と言ったのだから。

 

それを当面の目標として動きだそう。

 

怖くて動けないなんて、きっともったいないことなんだ。

 

自分のできる範囲で、「今」の人生を楽しむことが大事なんだと思うので。

 

これからもこのブログ並びに、僕のことを応援してくれると有り難いです。

 

僕よ、今より少しだけで良い、前向きに頑張れ。

 

【近況と決意表明と】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

毎日更新すると言いつつまた前回の記事から五日間空けてしまった。

すいません、転職活動中でどたばたしてまして。。。

 

まぁ、そんなこと言い訳にならないくらい自堕落な生活を送っているようにも思えますが。

面接行ってお祈り、面接行ってお祈りを繰り返しておりまして、明日また介護職の面接に行ってきます。今回は何とか成功することを祈っておきます。

 

給料面が下がってしまうのは、今まで僕が生きてきた中で役立つスキルを身につけてこなかったことが災いしていますが、今はとりあえず長く続けられるような職場を探している最中です。

 

今後の生活スタイルが変わってしまったり、生活レベルが下がってしまうことに不安も感じていますが、それは新しい職場で働いてみて給料が出てみないと何とも言えないところでもあるのでとりあえず今は働けそうな求人を端から受けてみることにしています。

 

先のことが不安だなあ、そう考えるのなら元の職場に戻ればいいのにと言う人もいるとは思うしもっともな意見なのですが、僕としては躁鬱病が再発しないということも重要な案件なので、いい歳こいて選んでられる場合じゃないのも承知ですがなるべく自分的にストレスの少ない仕事を選んでいる最中です。

 

家に引きこもっていても良いことなんて起こりようがない。

 

家族に支えられながら、自分のできることを精一杯こなして行くことしか出来ないと思うので、少しずつでも前向きに「今自分にできること」を考えていこうと思っています。

 

ここまで書いて「ですます調」になっていることに気がついた。

 

まぁそんなことはどうでも良いことで、最近はカクヨムに投稿した短編が全て一時選考落ちするなどちょっと気分が落ち込むことを経験しつつ、今度は長編の小説にも挑戦している最中だ。

 

今現在、僕の拙い小説が何かしらの賞をとったりすることは有り得ないのだが、どうやら僕はまだ「物語」を作ってそれが出版されるという途方もない夢をあきらめきれて無いらしい。

 

もちろんそれ一本食べていくというような妄想は抱いていないけれど、どうせならやっていて楽しいことを副業として生きていくみたいなことを考えてるみたいだ。

 

もっともっと練習して、人に「面白い」と言ってもらえる作品を世に出したい。

 

そんな夢をあきらめきれない自分に嫌気が指すこともあるけれど、それはもう「それが僕」だから自分の思うままの未来を想像して生きていくことしか出来ない。

 

毎日を家族と楽しく生きていく。

 

これが僕の躁鬱病を乗り越えて学んだことだ。

 

だから、僕自身が、僕の人生に勝手に見切りをつけてはいけないんだ。

少しでも笑って、少しでも書いて、生きていく。

 

誰に笑われても、自分だけは自分のことを信じてあげようと思った。

 

まぁ、ここに僕のブログを見に来てくれる人は、基本的に識者ばかりなので僕の「夢や目標」を笑う人達では無いのだけれど。。。

 

それでも、このブログを通して決意表明をしていきたいと思う。

 

6月までに必ず新しい長編小説を完成させるぞ。

 

よしっ、がんばんなきゃ。

 

【短くても毎日更新しよう】

 

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

最近は転職活動に小説にとブログを書くことが蔑ろになっているような気がする。

このブログを書くことは、僕にとって日々の振り返りなのだから毎日更新するのはやめないほうがいいと妻に助言を貰って今文章を書いている。

 

日々に大きな変化が訪れていないのであまり特筆して書くことも無いのだが、文章を書くことはもはや僕のライフワークになっているので今日も淡々と独り言を書いていくつもりである。

 

僕は転職先の面接に向かうとき、以前の会社の退職理由を聞かれたら正直に『躁鬱病』になったからだと言っている。

 

本当はもう少し要領よくできるのかもしれないが、以前の会社をやめた理由はそれ以上でも以下でもないので、治ったとは言えど素直にそう答えるようにしている。

 

ハローワークに行ってもジョブカフェに行ってもなかなか僕の考える条件に合う転職先は見つからなくて、条件の良さそうなものを見つけては面接まで足を運ぶのだが中々採用には至らない。

 

昨日は僕の33才の誕生日で、親から手紙が届いた。

 

「ドクソが頑張っているのは知っている、おいしいものでも食べて元気だしてね」

 

いつも家族は僕のことを応援してくれる。

 

今はその期待に少しでも応えたい、いつか自分の幸せを祈れるような人間になれるように今を大切に生きよう。

 

 

【思考的弱者思考・38】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

前向きにも後ろ向きにも、考えを巡らせるというのは疲れるものだ。

 

過去の失態を忘れられたらどれだけ楽になるだろうか。もちろんそんなこと有り得ないということは百も承知なのだが……

 

こうして文章を書いているときだけは嫌なことを忘れることができる。

自分の考えたことに嘘をつかず発表できる場所があるというのは僕にとってありがたいことだ。

 

小説を読んだり、または書いたりしている時も精神が落ち着いていることが多い。

 

自分の考えをアウトプットするということの有用性を、僕は自身の病気から学んだ。

 

今は躁鬱病の患者として月一で病院に通っているが、僕の病気の名前は二転三転して結局最初の病名に戻ってきた。

 

気分の浮き沈みが激しく、体力を奪われる。

 

寝ている時間以外は常に非生産的なことに思考を奪われ続ける病気だ。

 

だから医師はこぞって「眠たくなる薬」を処方する。

 

精神病を治す決定的な方法というのは確立されていない。

だからこの病気に対する唯一の手段なのだろうと思う。

 

治った治ってないの問答は無意味だ。

この病気は一度かかってしまったら、一生「自分という病」という課題に取り組みつづけるしかない。

 

それを選んだのはきっと他でもない自分なのだから。

 

このブログもサボらずに、出来るだけ毎日更新を続けていこう。

 

今の僕にはそれが重要なことだと思えるから。

 

【願い事】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

最近は転職活動をしたり、小説を読んだりしていてブログの更新が滞っていた。

 

沢山の人への迷惑をかけてきてしまったことはもう変わらない事実だけど、これからの僕を生きていく上で後悔ばかりしていても健康的ではないことは分かってる。

 

分かってるけど以前の仕事をやめることへの申し訳なさが僕の足を引っ張っている。

 

自分で辞めることを決めたのだから、そんな考えはお門違いもいいところだし、そもそも僕は自分で「会社の役立っていない」と思っていたのに何故こんな考えがぐるぐると頭を巡るのだろうか?

 

明日は面接に行った仕事の採用結果が出る。

 

面接自体の印象は悪くないように思えたが、躁鬱病であったことを隠さずに伝えたのでそれで雇ってもらえない可能性は捨てきれない。

 

転職活動を始めてから受けたのは2社、昔「ツレがうつになりまして」で読んだのだが、今の時代は自分の年齢分の会社を受けてやっと内定がもらえる時代らしい。

 

その理屈で言うと、32才の僕はあと30社の面接を受けてようやく受かることになる。

 

気が遠くなるような道のり、でも自分で選んだので文句など言ってはいられない。

僕は自分の弱さを認めず「躁鬱病」になった。

 

その僕の弱さや自己承認欲求が今まで沢山の人を傷つけて来てしまった。

 

虫が良いように聞こえるかもしれないが、僕はこれから『弱い自分を受け入れながら生きていく』ことにしようと思っている。

 

それは、僕が今まで一番したくなかった「他人に助けられながら生きていく」のを認めるということだ。

 

今までも散々沢山の人に助けられ、また迷惑をかけて生きてきたのだが、そんな人達に今度は少しでも感謝を伝えられて行けたらいいな……

 

まあ、今日どんなに心配をしても明日には必ず結果が出るのだから待つしかない。

 

あー、もっともっと自分の考えを周囲に公言して生きていれば、今よりも少しは生きやすかったのかもしれないな。

 

そんな「たられば」を並べたところで、過去の自分がしてきたことの結果が変わるわけないんだけど、今日だけはそんな妄想をする自分を許してあげようと思う。

 

 

僕のことも、僕に係わった人達のことも、少しでもうまくいきますように。