【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【僕はミーハー】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

最近僕は気がついてしまった。

 

自分がミーハーだと言うことに。

 

僕は意識的には『他人と差別化された自分』というものに憧れを抱いていて、出来るだけ自分の好きなものをサブカル寄りにしてきたつもりだったし、流行に乗ることがダサいと思っていた。

 

だが気がついてみれば僕の周りにあるものは流行を過ぎた本、映画、音楽。

 

そして思考に至っては『ブログや小説を書いているんだから、いつかは書籍化でしょ』みたいな考えを持っている。

 

僕はブログを書きはじめた当初、自分をコントロールするためのセルフマネジメントのために記事を綴っていた。

 

それがどうだ、読者数が増えてくるといつしかその方針から外れて『有名になりたい』みたいな余計な欲望が沸き上がって来ているじゃないか。

 

妻がそんな僕に言った。

 

「初心忘れるべからずだよ。例えいますぐドクソに書籍化の話が来たとしても、自分の言いたいこともままならない今の状況じゃ、結局うまくいかないと思うし。そういう話が来るタイミングってのは環境が整いきった時に来るもんで、書きたいことや言いたいことが纏まっている人じゃないとそもそもどんな仕事の話も舞い込んでは来ないと思うんだよね」

 

正論も正論。

 

もっとも過ぎて帰す言葉も無かった。

 

このブログから『僕の言いたいこと、知りたいこと』を取ったら何も残らない。

 

なのに僕は『もっと読者数を増やす方法』や『PVを伸ばす方法』なんて小賢しいことを考えはじめ、最近ではブログが一貫性を失っていることに気がついた。

 

本を出したいという考えも、最初は『自分の声が沢山の人に届くといいな』という純粋な想いがあったはずなのに……今では逆にどうやったら本を出せるかばかりに目がいってしまい、当初の想いと方向性から大きく外れてしまっている。

 

いい機会だから、ここで一回また『僕の声を届けるブログ』だということを再認識して毎日この日記を公開していこうと思う。

 

他の誰でもない、僕の正直な気持ちを書いていこう。

 

 

【ただ正直に、それが存外難しかった】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

日記やブログって難しいよね。

 

僕は始めて3ヶ月目なんだけど、いまだに頭に浮かんできた言葉を上手く文字に書き表すことができなくてヤキモキしている。

 

本当は言いたいこともやりたいことも、次々と頭の中を駆け巡るのだが、それを実際に行動できない日々が続いてる。

 

僕は昔から、自分の意思を伝えるのが下手な子供だった。

自分の考えを上手く整理出来ず、言葉数が少くなっていくばかりだった。

 

家では、そんな僕の言葉を代弁してくれる親や兄弟がいたから良かったものの、一度外に出ると『自分の意見が上手く言えない』僕は鬱陶しかっただろうな、なんて今は思っている。

 

これはネガティブになっているのではなく、事実だ。

 

今こうして心療内科に訪れているのも、過去から僕を知っている友人達にとっては『当然のこと』なのかもしれない。

 

特に自分の『好き』なことを口にすることが出来なかったな。

 

高校卒業が目前と迫る中で、やっと両親に『漫画家になりたい』と言えたくらいだ。

 

焦っただろうなぁ。

 

今まで全然そんなこと、聞いたことがなかったんだから。

それに漫画家なんて、安定しない上になれるかどうかも分からないものだから。

 

でもそんな僕の意思を尊重してくれて、沢山応援してくれたなぁ。

 

初めて賞を取った時も、僕の名前が書かれた雑誌を買ってくれた(本当に名前だけが載ったような賞だったのに)

 

家族の応援、皆の応援があったのにも関わらず結果はこんなもんかと腐った時もあったけど、今できることを全力でやるしかないし、夢は叶わなかったけど今は大好きな家族と生活してる。

 

きっと『かつてと違うモチベーション』を持つ時期に来ているのかななんて考えたりしている。

 

多分、人生に明確な『成功』なんて存在しなくて、その道程を個人が判断するだけに過ぎない。

 

どんな功績を上げた人物だって、晩年の事故で『その素晴らしい生涯』がひっくり返ったりしてしまう。

 

だったら、僕の人生もこれからどう転ぶのかは分からない筈だ。

 

先のことは不安だよ。

 

でも不安を口にして、行動しないのは間違いだって病気を通して知ることができたわけだし。

 

もうね『あの時、こういう事が言いたかったんだ』なんて後出しジャンケンをするような後悔はしたくないし、不幸自慢なんてもっとしたくない。

 

言いたい事はその場で言って。

 

その発言が招く結果を素直に受け止めて、正直に生きていく。

 

もう『嘘つき』にはもどらない。

 

無責任な発言は、いつか自分の身を滅ぼすから。

 

怖くても、損をしても。

 

僕は正直に生きていく。

【ケ・セラ・セラ】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

今日は新しい病院への初顔合わせだ、妻と『あと最低3回は通院して様子を見る』という約束をしたし、やっぱり経過観察をしてくれる第三者がいるのは心強い。

 

3ヶ月前、僕には今までにないパワーがみなぎっている瞬間があった。

 

それを見た医師からは『明らかな躁状態』と判断され僕の病気は『躁鬱病』と名前を変えた。

 

躁鬱病』➡『PTSD』➡『適応障害』➡『躁鬱病

 

僕の診断名はコロコロと名前を変え、また最初に逆戻りだ。

 

一つ違うところがあるとすれば『患者である僕が病気を受け入れている』ことぐらいだろうか。

 

精神病というのは一回かかってしまうと、自分の意志とは関係なく沢山の病気を行ったり来たりする。

 

それだけ『外部から見て判断が難しい』ということなんだろう。

 

これはどの病気でも同じなんだろうけど『僕はもう治ってる、だから解放してくれぇ』なんて患者が喚いても、ちゃんと外から見て『完治』という判断が難しい内は駄目なんだよね。

 

話を少し戻す。

 

3ヶ月前、パワーがみなぎった僕は突然セミナーに参加し始めたり、ブログを開設するなど行動力に満ち溢れていた。

 

今考えれば、病気になる前の自分より明らかに行動的であり病気を疑われるのは必然だったように思う。

 

躁状態の薬(主に高揚しすぎた気分を抑える物)を処方され、一ヶ月後には『元々の無気力な自分』が戻ってきた。

 

本人的には『あぁ、勿体ないなぁ。あの状態が続けば毎日ハッピーなのに』なんて考えていたが、それってなんだか『薬物依存症』に似てるよね。

 

自分でもコントロールがきかない力は、いつか絶対に持て余す。

 

だから、余計な事をする前に収まってよかったじゃないか、なんて自分に言い聞かせてる。

 

今思えば、おかしな事だらけだな。

 

病気になってから一向に減らない体重が躁状態になって、一週間でいきなり8キロ近く減ったりしてたし、普通の状態なら運動もしないでそんな体重が激減するなんてありえないよ。

 

それだけ脳を酷使してたってことなんだろう(変な方向にだけど)

 

これからはちゃんと医師と周囲の人の判断をないがしろにしないで聞かなきゃいけないな。

 

僕が今までしてこなかったことだ。

 

最初は難しいかもしれないけど、皆僕の為に言ってくれているんだから受け入れよう。

 

今までしてこなかったことをすることによって、もしかしたら僕の人生が好転し始めるかもしれないし。

 

苦手だけど『前向きに捉える』練習をしていこうと思ってる。

 

いきなり大きく事態が動くことはないんだ。

 

それを受け入れて、ゆっくり判断する力を養おう。

 

『ケ・セラ・セラ』の精神で。

 

【日々と足並みを揃えて】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

昨日は次の病院への紹介状を書いてもらったよ(以前通っていた病院への紹介状)

 

完全に通院が終わったわけではないんだけど、これからは病気の再発を防ぐ為に病院に通うことになる。

 

長かった。

 

僕の勝手な目標では、病気と診断されてから一年以内に治すつもりだったから、まさかその4倍も歳月を費やすとは思いもしなかった。

 

後で調べたらうつ病とか適応障害は、治るまでに『最低で半年』くらいかかるものらしい。

 

中には十年以上治らない人もいるらしいから、僕の病気は通常の範囲内だったと思うようにしておこう。

 

『治そうと思わないと、治らない』

 

当たり前の言葉に見えるかな?

 

僕にはそれが、少し難しいことだったんだ。

 

僕は今、病気が治って嬉しい。

 

だけど自分が病気という『言い訳』を出来なくなったことに少し不安を感じている。

 

まだ完全に治っていないのか、それとも皆が思うことなのか判断がつかないんだけど『等身大の自分で勝負するのが怖い』と思っている。

 

あのまま、時の流れに身をまかせて生活していれば、間違いなく『楽』だっただろうな。

 

でも、僕は元々頑固な性質で『ただ楽な代わり映えのない毎日』を過ごしたいわけじゃない。

 

きっと人生は冒険だ。

 

前に、前に進み続けるしかない冒険。

 

これからも弱い僕は続いていく。

 

だけどもう投げ出さないようにするよ。

 

進んだ先になにがあるのか見てみたいから。

 

こんなポエミィなことを言ってるとまた笑われるかな?

 

でもしょうがない、だってこれが僕だから。

 

 

 

 

【遥かなる蒼】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

今日は良く晴れてるな。

 

今は病院の待合室で自分の名前が呼ばれるのを待ってる。

長い長い闘病生活に終止符を打つために。

 

精神病だと診断されてから約四年の歳月が過ぎた。

その間、時間は止まることなく前に進み続けて僕を置いてきぼりにした。

 

『あぁ、なんで待ってくれないんだよ。僕には今、悩む時間が必要なのに』

 

今は分かってる、悩むことに時間を費やすのは無駄なんだ。

人は背負った罪を何倍にも大きくして考えてしまう。

 

ちゃんと思考が働いていればその場で解消できた不安の対応が遅れて、次々と悩みの種が芽を出すんだ。

 

そうなると、もう自分一人では問題の解決が出来なくなる。僕は適応障害になる前から不安から目を逸らして生活してきたために、闘病中に人より多くの問題解決を強いられた。

 

今は分かるよ、かつての僕がどれだけ憐れな人間だったか……

 

いや、今もかな。

 

頭上に目を向ければ、いつでも今日のように澄み渡った空が広がっていたはずなのに、そんな『幸せ』すらも見ない振りをして生きてた。

 

少しでも勇気と元気があれば、楽しい生活は目の前にあったのに、その真実からも目を逸らして、いったい僕は何がしたかったのか。

 

セカイノオワリのRPGでも歌っていたな。

 

『空は青く澄み渡り 海を目指して歩く 怖いことなんてない 僕等はもうひとりじゃない』

 

随分と長い時間を『孤独と思うこと』に使ってきてしまったな。

 

本当は、大好きな事も、大好きな人もすぐ近くにいたのに……

 

これからは、些細なこともちゃんと受け入れて歩んでいこう。

 

僕が空を見上げるのを待ってくれている人がいると信じて生きていこう。

 

じゃあ行ってきます。

 

 

 

【濃霧の先にある答え】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

今年の冬は温かいなぁ、今日も車で長距離移動をしたけど雪じゃなくて霧で前が見えないくらいだった。

 

天候が安定しない季節はうつ状態に人には辛いらしいね。

僕の適応障害は特に天気で気分が変わるなんてことはなかったんだけど、やっぱり日光に当たることで分泌されるセロトニンってのは重要なんだなぁ。

 

というか、去年は天気なんて気にする暇もないくらい葛藤してた。

 

自分には価値があるのかみたいなことを延々と考えて知恵熱出してた。

 

その結果『とりあえず、家族で楽しく生活できりゃいいじゃん』という、考えるまでもない、当たり前かつ単純な答えに落ち着いた。

 

なんだったんだろう今までの葛藤は……

 

初めてこの答えを出した時には、あまりのあっけなさに「えっ?」と自分に疑問符を投げかけた。

 

その後また『僕はなんて意味のない時間を過ごしてしまったんだ』なんて自己嫌悪が襲ってきたんだけど、そんなこと考えることが本当に時間の無駄なので無理矢理考えることを辞めた。

 

それからは沢山本を読んで勉強したな、アンガーマネジメントや心理学の本を中心に読んだ。

 

そして改めて出した答えは……

 

『あんまり自分にも、他人にもイライラしないように生活しよう』

 

滑稽だ、実に滑稽。

 

幼稚園児でも知っているような答えを、四年間の闘病生活で捻り出した。

 

でもきっと、元々感覚で分かっていることを言葉にして認識するのは難しい。

 

それは自分の頭にあるイメージを絵に起こす作業と似ているのかもしれない。

 

『当たり前』の事を、当たり前と捉えずに思考を続け、自分の口で説明できる人になろう。

 

簡単な事を深く、深いことを簡潔に捉えよう。

 

そうすることで、自分の『生き方』を完成に導きたい。

 

 

【思考的弱者思考・37】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

はてなブログを開設してから三ヶ月が経過したようだ。

この三ヶ月は今までの僕の人生の中でそれなりに密度の濃い期間だったかもしれない。

 

ブログ開設に小説の執筆、自分のグッズ作りもした、読んだ本は30冊を超え、その間自分の意思で各種セミナーやカウンセリングにも通った。

 

人生でこれほど自分のために予定を組み込んだことはないほど動き回った。

 

躁状態』の行動力もあってのことなんだけど、それでも『自分のことをプロデュースしている』ようで本当に楽しかった。

 

かつての僕(今もかな?)は基本的に受け身な人間で、自分から予定を組むということをしてこなかった気がする。それに、周囲の目を気にしすぎる性格なので、周囲のテンションに合わせることに必死で『自分自身が楽しむ』ということを後回しになっていた。

 

自分の人生は、自分で切り開いて行くしかないのに、それを人任せにして生きてきたツケが適応障害という形で回ってきたんだろう。

 

それなら僕が病気になったことにも納得がいくし、これから如何に自分の意見を発信できるかが再発を防ぐ手だてにもなってくる。

 

『弱い自分を受け入れて生きていく』

 

この考えに至った時は、正直納得いかなかった。

なぜ自分は力強く生きられないのか、弱いままでは今まで通り『強者に搾取されていく』ことではないのかという葛藤があった。

 

だけど、そんなに悪いことばかりではなかった。

 

弱いところがあると知っていれば『自分の許容範囲』を知ることができる。それを理解できていれば『譲れないところ』もおのずと分かってくる。

 

基本的には他人との対決は避けるべきだが、僕自身の大切な想いを守るためにはちゃんと反発する事ができる。

 

『自分の意見』を持たない人間は淘汰される。

 

それが僕が病気を通してで学んだことだった。

 

きっとこれから生きていく上で、意見の合わない他人との対決は避けられない。

しかし、そのために病気の期間があったのだ。

 

適応障害は僕の心を蝕んだが、治りかけの今は今までにないくらい心がシンプルだ。

 

「ただ、楽しく生きていけばいい」

 

それを意識し続ければきっと、道は開けるさ。