【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【僕の適応障害は依存症】

 

皆さん、こんにちは「心のK2登頂を目指す男」の『ドクソ』です。

 

僕は暗い記事を載せた後は出来るだけ、前向きな記事や、他の人にも有益だと思う記事を書くことで自分の心のコントロールをしている。(あくまで有益だと感じるのは読み手しだいなのですが)

 

以前の記事で適応障害と真っ向勝負を決めてから、予想通り適応障害は毎日のようにやってきては、僕の頭を支配しようとする。

 

頭が痛いし、手もブルブル震える。

 

そしてその対処法が気になった人は、それよりもう少し後の記事【拍手喝采】を読むと、その答えが書いてある。

 

僕は極度のパソコン音痴だから、リンクを張るとか小難しいことは今はまだ出来ない。

だから読んでくれる人のちょっとした手助けが必要だ。

 

よろしくお願いします。

 

【僕の適応障害は依存症】だと思った話を始めようと思う。

 

適応障害は相変わらず僕への攻撃の手を緩めないが軽くはなってきた、僕は適応障害の正体を「未来への大きな不安」と呼ぶことにした。

英語で「Anxiety  about  the  future」と書くらしいから自分で「A-A-T-F」と略して呼んでいこうと思う。

 

これで僕は適応障害ではなく「フリーエンシンドローム」と「A-A-T-F」を患っていると自らを定義することが出来た。

 

自分の症状に名前をつけて客観的に見る、しかもこれを他人に言ったところで誰にも通じない訳だから。

 

一から人に説明している内に、自分の症状を冷静に判断することが出来た。

 

初めて僕の記事を見る人の為に一応まとめておこう。

 

今のところ自身の病気に対してやっていることは4つだ。

  • 自分に応援と許しの手紙を書く
  • 偉人達の言葉で励まされる
  • 不安自体に自分の怒りを向ける
  • 自分の症状に名前をつけて客観的に見る

 

そして今まで名前をつけた症状も書いておく。

  • 【フリーエンシンドローム】=自分の逃げ癖に対しての名前
  • 【A-A-T-F】=未来への大きな不安を感じる症状に対しての名前

 

 

僕は精神科医でも心理カウンセラーでもないのだが、僕自身の病気の専門家ではあると思った。

 

このブログをもし読んでいる人はこの4つを試してみるのも良いと思う。

少なくとも不特定多数に向けられたものではなく、確実に効果のあった人間が、ここに一人存在する。

 

前置きが長くなってしまったが、今回は依存症について書いていく。

 

最近タレントの田代まさしが五度目の覚醒剤所持で逮捕された。

 

街頭インタビューでは「何で悪いと思ってても何度も繰り返しちゃうの?」と人々が不思議そうな顔をして答えている。

 

僕が最近自分の病気と戦い初めてから気づいたことを、依存症と絡めて書いていく。

 

世の中には沢山の依存症が存在する。

「ギャンブル」「アルコール」「SEX」「煙草」「カフェイン」や最近だと、ゲームをするのが辞められなくて、そのまま部屋で死んでいるのを発見されるなんて事件も起こっている。

 

依存症とは、精神症状と身体的離脱症状に分類されている。

 

【精神依存】は煙草やカフェインが辞められなくて、それが無いと不安になる、そしてそれらを探し求める行動を繰り返している状態だ。

 

【身体依存】は煙草やカフェインを辞めたことで起こる具合の悪さで、身体が震えたり、頭痛がしたり、他人が見ても症状が明らかに出ている状態だ。

 

だとするとやっぱり適応障害は依存症なんだと僕は思う。

 

現に僕の身体にはその症状が出ている。

身体の震えが顕著に表れている。

 

依存症とは、日常生活に支障を来す程「何か」にのめり込んでしまう状態で、それをもう自分の力では解決出来ない状況に陥った時に使われる言葉だ。

 

では僕は何にのめり込んでしまっていたんだろうと考えた結果に出た答えが「愛情」である。

 

ここで勘違いしないで欲しいのは、僕に対して、周囲の愛情が足りてないということでは断じて無いということだ。

 

むしろ皆優しい。

だが僕にとってはそれが良くなかったに違いない。

 

病気になる前、悩みを自分で解決できずにいた。

 

そんな僕を慰めてくれる人が沢山いた。

 

そこで僕はきっと無意識の内にこう思ってしまったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元気がないフリをしていれば、皆から愛情が貰える」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛情とは、自分が人に与えていった結果、相手に「信頼」して貰えることだと考えたときに気付いた。

 

誰にも愛情を与えていない今の僕は、誰も信頼していなくて、誰にも信頼されてない自分がいることに気付いた。

 

「ほら、僕は今元気がないよ、だから皆慰めておくれ、励ましておくれ、愛しておくれ」

 

そんなもんは愛情じゃない。

 

いや、最初は周りの人達も愛情を持って接してくれていると思う。

しかしその愛情は人と人とが長い信頼を共有していくもので、無償ではない。

 

信頼を失った人に残るのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「可哀想な人に向けられた同情である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔のドラマ「家なき子」で安達祐実が演じる相田すずの有名な台詞がある。

 

「同情するなら金をくれ」

 

これは可哀想な奴だと思うくらいなら、現実的に自分を助ける意志を見せてくれよと言っていると思う。

 

その現実的な手段が、その時の相田すずにとっては「お金」だっただけで、本当に伝えたかったメッセージは多分だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の事を愛してくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言っているように思えた。

 

依存症は欠乏症とは違う、いくら与えたって絶対に治ることはないと断言する。

 

……どうも記事を書いているとヒートアップする癖が辞められない……

 

まとめると僕がこの記事で言いたかったのは「僕の適応障害は愛情依存症」だってことだ。

 

そしてその依存症を治すために今僕は病院に通っているって事を再認識した。

 

信頼というのは、一度の失うともう取り戻せないとも言われている。

 

だからこそ、態度で、行動で示していく必要があると思った。