【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【死についての考察】

 

皆さん、こんばんは『ドクソ』です。

 

適応障害になってから何度も「死にたい」と考えていた僕だが、実際に「死」に対して真正面から向き合った事は無かったように思う。

 

だから出来るだけ冷静にその答えを考えてみた。

 

全ての事象は死をもって完結する。

それは産まれてきたものには避けられないものだと思う。

 

だからこそ「不老不死」は太古から永遠のテーマとして扱われている。

 

僕の見解は「死=目的の達成」だ。

 

これは別に「死にたい」人を肯定している訳じゃないし、推奨している訳では無いと認識して欲しい。

 

僕は今生きている人には出来るだけ、寿命で苦しまないで最後を迎えて欲しいと思ってるのを理解した上で話を聞いて欲しい。

 

人生の目的を持って生きるのは素晴らしい事だ。

 

ただ、誰もに平等に訪れるのが死だ。

 

そこに良いも悪いも無い。

 

人間が自分の意思以外の人生の目的として、「死=ゴール」を目指しているという考えだ。

 

自分の知り合いが亡くなってしまうのは本当に辛いし、残された遺族がそれを乗り越えるのも大変だ。

 

割り切れるものじゃない。

 

ただ、その亡くなった人は人生の目的を達成したからこの世を去ったとは考えられないだろうか。

 

この考えに至ったのは、有名なミュージシャンが自殺して、伝説として語り継がれているという話を聞いてからだ。

 

富と名声を手にして、順風満帆に見えた人にも悩みはある。

それは僕のような人間には考えが及ばないようにも思う。

 

だから仮定して、そのミュージシャンは自身の夢を叶えてこの世でやりたいことが全て完結した為に、天に召されたのかもしれないと思った。

 

僕は今、人生を全うした人はみんな尊敬している。

 

多分、仏教で亡くなった方を「仏様」と呼ぶのもこの理由があるからだと思う。

 

このテーマを載せるかどうかは非常に迷った。

 

でもやっぱり隠さないで出すことにした。

 

この考え方が誰かを傷つけたりしないことを願う。