【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【思考的弱者思考・15】

 

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

僕のブログは【思考的弱者思考】を持つ自分が、今後の生き方を改めるための信条を更新し続ける為に書いているので、ブログのネタが尽きるということは、僕自身が死に至るまでありえない。

 

更に患っている「適応障害」も自分の特有のコンテンツになりうるので、今は病気になったことにすら感謝して生活することが出来る。

 

そして、僕が復活するまで長い年月を待ってくれた家族を始め、周囲の方々にはいくら感謝しても足りない。

その恩を日常生活の中の貢献で返していくとともに、このブログでは皆が抱える「悩み」や「不安」を解消する方法を思考的弱者の僕の体験や思考を通じて発信していくつもりだ。

 

僕のブログに書いてあることは、心理学、哲学、人生、自己啓発の分野ではありふれている事だが、一つだけ差別化出来ていることは「弱い人間で病気の僕」ですら、このブログに書いた方法で自分の人生をコントロールし始めているという実績にほかならない。

 

だからこのブログを読んでいて「あ、私もドクソの言ってる思考的弱者思考の持ち主だ」なんて考えている人は、僕の記事で「自分の人生を良い方向に向ける方法」のヒントを得て頂けたら幸いだ。

 

今回は僕の適応障害を回復に向けた「発言」と「行動」について書いていく。

 

僕が適応障害うつ状態が一番酷いときは、食事とトイレの時間以外は布団で寝て過ごしていた。

 

寝ながらスマホを操作し、調べることと言ったら「誰にも迷惑をかけずに死ぬ方法」とか「自殺でも保険金がおりる方法」ばかりだった。

 

そもそもそんな記事を目にしたところで、臆病者の僕には「自殺」なんて大それたことが出来るわけではないんだけど、それでも人生から逃げる方法を必死に模索していた。

 

今はその時の僕が何に対して「固執や執着」を持っていたのか覚えていないのだが、なんとなく昔の僕が発言した言葉を思い出したので、そこから探っていく。

 

「僕の人生は、周りの人が勝手に進めていく」

 

自分の気持ちの整理が出来ないまま、急速に進んでいく状況に置いてけぼりを喰らった。

あのときの僕は生産的な思考が出来ない人間で、「良いこと」と「悪いこと」の選別が出来ないほど心を侵されていた。

 

よく才能のある人に向けられる「二周目の人生」という言葉がある。

 

その言葉から僕を定義するとしたら「周回遅れの人生」を歩んでいるのが僕だった。

 

話を戻す。

 

そんな寝たきりの生活をしている中で、周囲の人間は、僕に何て声をかければ良いのか戸惑っていた。

ある者は厳しく僕を「教育」しようとし、またある者は僕を「完全な病人」として甘やかした。

 

どちらの判断も、今考えれば当然のように思う。

 

精神病の患者と触れ合うのは、医師やカウンセラー等のプロフェッショナルでも難しい。

 

そんな中で僕の家族は僕に一つの提案をした。

 

「辛くて動けないのは分かった、だけど動ける時に積極的に外出しなさい、そして外出から帰ったら家族の靴を全部キレイに揃えておいて」

 

はっきり言ってそれを聞いたときは「そんなことをして、何になるんだ」と思っていた。

しかし、現状で何も出来ていない当時の僕は、「分かった」と気乗りしないまま答えたのを覚えている。

 

ほとんど寝たきりの生活だが、あまりに生活に動きがないと更に周囲に心配をかけてしまうと思い、身体が動く時間は近くのコンビニまで散歩していた。

 

散歩して帰ると、外出している家族の靴は無く、結局自分の靴を揃えるだけの生活が続いた。

 

家族が帰ってくると「今日は靴が揃ってた、約束を守ってくれてありがとう」と感謝された。

 

僕は自分の靴を揃えただけなのに、お礼を言われることの意味が分からなかったが「うん、一応約束したから毎日やることにするよ」と言った。

 

僕の家族は基本的に丁寧な人間ばかりなので、帰った際に自分の靴を揃えることは習慣化されていて、来る日も来る日も僕は自分の靴を揃えるだけだ。

 

それなのに家族は、毎日靴が揃っていることに対して、僕に感謝の言葉を投げかけてくる。

 

ある日、雨が降っていて外出するのを躊躇う日があった。

しかし、その日は久々に朝から起き上がれたので、本屋に行きたい気分のほうが勝り、傘を指して少し遠くまで外出した。

 

帰宅すると、僕の靴は泥が跳ねて汚れていて、玄関の床にもその泥がこびりついた。

それを見た僕は雑巾を持ってきて玄関の汚れを丁寧に掃除した。

 

家族が帰ってきて「今日は雨だったから外出はしなかった?」と聞いてくるので、僕は「本屋に行ったよ、玄関が汚れちゃったから、一応拭き掃除をしたんだ」と答えた。

 

そう言うと家族は僕に対して「気が利くじゃない」と言葉を返してきた。

 

その日の言葉が「ありがとう」じゃなくて「気が利く」というものだったのが、理由は分からないが僕の頭に残って離れなかった。

 

「ありがとう」とは違う感謝の言葉。

 

「気が利く」っていうのは、世間的に「貢献」した人に送られる言葉だ。

 

頭に衝撃が走った。

長らく社会的に孤立していた僕が、久しぶりに誰かに貢献出来た事実に驚いた。

 

本当に小さな事で笑ってしまうが、その日から僕はどうやったら人に「感謝されるのではなく、貢献できるか」という事を基準にして行動してみた。

 

受け取った感謝をそのままにしないで、感謝として還元していく。

そうした事で「感謝される責任を、キャッチボールのように返していく」という人生の在り方は、もしかしたら良い方法なのかもしれないと考えるようになっていった。

 

靴を揃えるという、小さな子供でも出来る行動から僕は「人生」を考える機会を得た。

 

それから行動的になった僕は、いつの間にか自分から「僕の病気は治った」と発言するようになっていた。

周囲の人間にも「うつ状態の人には頑張れって言っちゃいけないと言うけれど、今の僕にはその頑張れっていう言葉が必要なんだ」と話している。

 

適応障害の本人、そしてその家族は苦しんでいる。

僕に当てはまったこの方法が、別の病気の人に適合するかは分からない。

 

でも、ここに一人元気になった人間が確実に存在している。

 

僕の場合は靴を揃えることだったが、これは病気の本人が毎日続けられる事だったら、別に何でも構わないと思う。

 

小さくてつまらないことだと感じても、毎日やり続けると自分の「人生の信条が見えてくる」こともある。

 

そして、そんな行動すら出来ない人間は、もし回復しても必ず再発を繰り返す事になるだろう。

 

僕は今まで苦労をかけてきた人たちに、自分なりの貢献をして恩を返していきたい。

 

そして、それを少しで良いから応援してほしいと願っている。