【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【周囲を切り捨てる超合理主義者】

 

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

一昨日と昨日の二日間、僕はブログを休んだ。

一時期「躁状態」にかかっていた時は一日に10記事程書き溜めることが出来ていたが、精神的に落ち着いて来るとそのペースは明らかに落ちている。

 

なんだか記事を書くのが下手になってきた気がするし、エンターテイメント性に富んでいるとも思えない。

そんな悩みを知人に打ち明けると「躁状態の時は誰でも万能感を感じるもんなんだよ、多分書いている記事は今までとそんなに大差ないと思う。ただハイな状態の時は、ドクソ自身が書いた記事を冷静に見ることが出来なかったんじゃないかな」という返答を貰った。

 

言われてみれば確かにあの頃は、周囲の人間が心配するほどブログを書くことに明け暮れていた。

あんなに自分が何かにのめり込んだ経験がない程に…………

 

躁状態用の薬を処方されて2週間経つと、記事を書く勢いが衰えた。

僕はなんだか勿体ないことをしたなという気分だった。

 

ずっとあの状態が続いていれば、僕は何に対しても楽しめたのに。

しかし、その自己万能感と共に僕は「超合理主義者」にもなっていた。

 

自分の思考と目的をを邪魔する物事は全て切り捨てて生きていくという考えに陥っていた僕は、自分を取り巻く環境の問題を全て理解した気になっていて「自分の目の前の責任を果たして生きていくだけだ」極端な考えをするようになった。

自分と周囲の気持ちが勘定に入っていない。

 

人間は非合理的な生き物だ。

「正論」は言えても、それ通りに行動しつづけることは不可能に近いように思う。

 

周囲を切り捨てるという考えは、僕が適応症害になったきっかけである問題であるのにも関わらず、同じ思考を展開しようとしていたのには恐ろしさを覚える。

人間は決して独りでは生きていけないのに…………

 

今の僕は、自分の問題も山積していて自分以外の自称に気配りできる余裕はごく僅かだけど。

それでも「周囲と係わり合いながら、幸せに生きていきたい」という信条を持っている。

 

それはこのブログにも言えたことで、僕の文章を読む読者の信条は計り知れないが、できる限り読む人を傷つけず、相手の尊厳を尊重した上でこれからも記事を更新していきたいと強く思う。

 

誰もが現状に苦しんで生きている。

そんなことに気づくのが遅れた。

 

だからこそ僕は、これから沢山の貢献をして生きていきたい。

それは、僕の周囲の人も、そしてこのブログを読んでくれる人も一緒なんだ。

 

正しいことは、自分で決めていく。