【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【思考的弱者思考・31】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

頑張ることが素晴らしいこと。

僕はそう思って今まで生きてきたし、小さい頃から「ドクソは頑張り屋さんだね」と言われながら育った。それが当たり前の事だと思ってた。

 

でも、僕は最近頑張ることを辞めた。

正確には「頑張る」ということへの意識が変わったということだ。

 

僕は長らく嫌いなこと、苦手なことをやり続けることを頑張ることだと勘違いしていた。

本当は、興味のあることを突き詰めることこそ本当に「頑張る」ということだというのに……

「苦労」と「頑張る」をごっちゃにして考えていた。

 

そして嫌いなこと、苦手なことを頑張ると認識していると、うまくいった場合は良いが、それが失敗した時に「頑張り方が足りない」と自分を責めてしまう。

 

そんな失敗を繰り返して行き着いた場所が「適応障害」という病気だった。

今は病気が治ったから言うが、僕はわざわざ病気になろうと自分の苦手なことをし続けていたようにすら思う。

 

だって「頑張る」「努力」をしていれば周囲が僕に優しい言葉をかけてくれる。

でも気がついた。そんな優しい言葉は「ただの同情」だったんだ。

 

「ドクソは頑張っている」

 

本当に本人のことを想ってかけてくれる言葉は、そんな上辺だけの薄っぺらい言葉じゃない。

そもそも、実は僕がそんなに頑張って見せても、楽に作業をしている時と結果はそう変わらないということに気がついた。

「楽をする」ことと「真剣にやらない」ことは必ずしもイコールではないんだ。

 

だから僕はもう過去の無駄な頑張るという意識を捨てて、新しく「どうすれば常に肩の力を抜いて楽にできるのか」を考えて生きることにした。

 

今までの失敗も、失敗と捉えずに「成功を得るための思考への道筋」だと思えば、今までの人生をかけて気づいたことに意味はある。

 

そう思うと、自然と笑みがこぼれてくる。

そして、その僕の幸せが周囲を巻き込んでいく感覚があるんだ。