【天上天下唯我独尊男ドクソ】

自分を知るためのブログ

【現代において必要な技術】

皆さん、いつもありがとう『ドクソ』です。

 

今回は少し暗い話をすることになる、だから読んだら気落ちしそうな人はこの記事を読まないことをお勧めする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで見たってことは、僕の話を聞いてくれる人ってことか。

 

僕は中学時代、虐められていた。

 

それは僕にクラスメイト全員が僕の知らない隠語のようなあだ名で僕を呼び始めたことからはじまった。

 

授業になると僕の背中越しに、クスクスと笑いながらその名前を呼び鉛筆や消しゴムのカスを投げてくる。

 

休み時間になると僕はそんな教室の空気に耐え切れず、いつもトイレに籠ってた。

 

給食の時間、少しでも教室から離れたいので自分の席に給食を用意してからまたトイレに籠る、そしてみんなが食べ始める頃になると教室に戻り、何事も無かったように食べ始める。

 

正面のクラスメイトと目が合うと「何見てんの、気持ち悪い」と言われるので、学校にいる間は出来るだけ視線を足元の落として生活していた。

 

ある日、僕が給食の時間にクラスに戻ると、僕の用意した給食のトレーが廊下にぶちまけられていた。

 

その日になって初めて担任が動いた。

 

僕を教務室に呼び出し、色々と質問をした後、担任は僕に向かってこう言った。

「クラスの奴が言ってたぞ、ドクソはなんでいつも廊下の端っこを歩くんだって。そういうお前の自信なさげな態度が今回の事件に繋がってるんじゃないのか?」

 

担任は今回のいじめが僕に原因があるとしていた。

 

「いじめってのは受け取り方次第なんじゃないか?お前がもっと堂々と生活していたら、きっと周りの奴等だってお前の事をそんなに構わないだろ?」

 

その日、僕は生まれて初めて学校から逃げ出した。

 

先生、先生はこんな経験がありますか?

出来るだけ目立たないように廊下を歩いているのに足をかけられて転んだ経験がありますか?

僕は廊下の端っこを歩いているのに、何故こんなに他人と肩がぶつかるんでしょうか?

いくら隠語で隠していても、明らかに僕の悪口を言って遊んでいるじゃないですか、それが思い過ごしだって思うんですか?

そんなに僕の頭が悪いと思いますか?

 

こんな僕は、生きていて良いんですか?

 

学校を抜け出し、帰路につく。

 

「死のう、今日死のう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、死ぬってどうやるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死にたくないのに、なんで死ぬんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら、通学路に立ち尽くしている僕を、母親が見つけた。

 

後から知ったのだが、僕の姿が見当たらないと焦った担任が、僕の両親に連絡を入れたみたいだ。

焦るくらいなら、あのとき僕の話を聞くことぐらいすればよかったのに……

 

母親は僕の為に泣いてくれた「ドクソが一番大切なんだからね」と言ってくれた。

その時は流石に泣いたな。

母親を泣かせてしまった、自分の情けなさに。

 

家に帰って、僕は母親に「頭痛がするからちょっと自分の部屋で寝てる」と伝えると了承してくれた。

 

そして夕飯の時間までを自分の部屋で布団をかぶりながら「僕の何が悪いんだ、分からない、分からない、分からない……」と言いながら過ごしていた。

 

父親が家に帰ってきて僕の部屋の前で一言「ドクソ、辛かったら学校なんて行かなくていい」と言った。

 

それでまた泣いたな、今度は父親にそんなことを言わせてしまった申し訳なさに。

 

夕食はいつも通り食べた、その日は僕の好物のから揚げが用意されていて、僕の両親も兄弟も僕にあんまり優しくしてくれるもんだからやっぱり夕食の途中に泣いてしまった。

 

「ごめんなさいぃぃ……」

 

今度は兄が僕を部屋まで連れて行ってくれて「ドクソは絶対に悪くない」と言った。

弟は心配そうに部屋を覗きこんでいた。

 

そんな経験がある。

 

当時も現在も僕は家族に愛されていたからこそ「死にたい」という窮地を脱することが出来た。

 

何故こんな話をしているかと言うと、世の中の人が「いじめ問題」を軽んじていると思ったから。

別に僕が苛められたからと恨み節を言いたいわけじゃない。

 

今はそんな学生生活のことなんか忘れて、楽しんで生きてる。

 

ただ、その時に植え付けられた「自己肯定感の低さ」が、後の適応障害と何の関係も無いとは言えなかった。

 

あの時、明るく過ごせていたら僕の未来は違う物になっていたのかもしれないなと思う反面、自分に必要な試練はどんな形でも必ず訪れるとも思っている。

 

なんていうか、僕が言いたいのは「いくら辛いことがあっても、死ぬのは違う」ってことかな。

 

いくら悩んで、恨んでも、世の中に対して怒りを向けている内はを何も先に進めないんだよね。

 

僕はその後、意地になって卒業まで学校へ行ったけど、これも今思えば良策とは言えないと思う。

父親が言ってた「逃げる」って選択肢もあったと思うんだよね。

 

本人にその後も勉強する意志があれば別に学校なんて行かなくても良いと思うし。

なにより死んだって何も解決しないしね。

 

死にたい気持ちを持っている人は「この日常を終わりにしたい」という気持ちがあるんだけど、はっきり言って死んだら自体は悪化するだけなんだよね。

 

今現在不遇な扱いを受けているような人は、この「逃げる技術」というのを特化させてみれば良いよ。

正直社会に出たら、その技術って役に立つと思うんだよね。

 

自分を潰さない為の、自分を守る技術。

 

何でも自己責任と言われる現代において、必ず必要になってくる。

 

かつては自分を肯定してくれていた隣人が、今日の味方とは限らない。

 

僕は適応障害になって少し分かったんだけどさ、結局「自分の身は自分で守らないといけない」ってことなんだよ。

 

逆にそれが出来ればどんな環境だって生きていけるようになるしね。

 

その「逃げる技術」の為に、僕は今まで執着していた「自分のアイデンティティー」を失って、つまらない人間になってしまったように思うけど。

 

それでも「自分を特別扱い」していた頃よりも生きやすい「今日」を手に入れられたと感じているよ。

 

今が毎日辛いと感じている人は「死にたい」って誰かに言う前に「逃げたい」って言ってごらん。

 

多分、死にたいと言うよりも周りの人に共感してもらえるし、協力もしやすいと思う。

 

自分の心の許容範囲を知ることが、明日を生きることに繋がるんだ。

 

だから、今が辛いと思っている人は、全力で逃げて良い。

 

それが、僕の言いたかった事なんだ。